退職体験談3選~待遇面がネックになり退職したケース

退職体験談3選~待遇面がネックになり退職したケース

退職理由は、ブラック企業だったり、福利厚生が整っていなかったりと色々なきっかけがあるでしょう。
人事部経験者だったからこそ、うまく円満退社する術を知っている人もいます。
そんな退職経験者3人のケースです。

好きな仕事だったけど退職した~kazuki

好きな仕事だったけど退職した~kazuki

20代前半に勤めていた、スポーツ用品関係の会社を退職した時の話です。

正直に言うと自分にとって一番やりたい仕事でした。

夢の職業でした。

内容はものすごく楽しく、時に上司や社長に注意されることもありましたが、スポーツ業界にいることに、陶酔していました。

最初の2年くらいはそれだけ考えて、得意先回りしていましたし、できる限りで新しいお客様を確保してきました。

退職を決めたのは福利厚生

退職を決めたのは福利厚生

入社して3年目になるかならないかくらいの頃、彼女ができて、将来のことを考え始めました。

そこで、この会社から初めてもらった給料を両親に報告した時のことを思い出しました。

明細を見せて母親が一言

「アンタ、これ本当に社員なの?保障が何もないじゃない」。

保障?何のこと?

それを言われて、正社員というのは会社から様々な保障をされて守られている、という事を知りました。

CHECK

一般的な企業でしたら、年金と保険、いわゆる社会保険料は給料から天引きされ、雇用保険も同じように引かれます。

それ以外だと各種手当てが加算されて手取り額が決まっていくわけですが、その会社で私が受け取った給料は、所得税が天引きされたのみ。

そういえば入社当時、年金は役所の国民年金、保険も国民健康保険に加入するという事で話は聞いていましたが、それがいかに面倒であることかが分かりました。

正社員にもかかわらず……

正社員にもかかわらず…

自分のもらう給料の中からいちいち支払わなくてはならない煩わしさ、口座引き落としにしておいても、「お金入ってたかな?」と不安になるあの瞬間。

決して気持ちのいいものではありません。

しかも、所得控除なし。

一応、前の会社で入っていたがん保険は継続していたので、それは控除の対象になりましたが、ビビたるもので。

それ以上に、正社員であるにもかかわらず、雇用保険で守られていないという点に、両親から指摘されて凄く不安に陥りました。

ましてや、将来世帯を持つという事を考えたら、決して今後を楽観視できませんでした。

もっとも、家族経営の小さな会社で、社長、専務、専務の奥様、パートのおばさんと私、という5人の体制では、そういう体制に無頓着だったのかもしれませんが。

将来が不安になり退職を考える

将来が不安になり退職を考える

「俺、自分がやりたいって言うだけでこの仕事を選んだけど、これって社会的にどうなんだろうな?好きなことをやり続けるのは悪いことじゃないけど、将来のことを考えると、これはまずくないか?」

と考えるようになり、少しずつ「退職」という二文字を意識するようになりました。

また、同時に営業としての仕事に「自分は向いていないのかな」という不安もあり、営業を辞めて違う仕事をしてみたい、という興味もありました。

正直入社以来、ことごとくミスを連発し、得意先から取引を打ち切りにされたこともありました。

「俺が動き回っているせいで、会社に迷惑かけてないかな?」

という、自信喪失な考えも膨張してきて、この時の退職に拍車をかけたのも事実です。

「退職」と同時に「転職」もしなければならないので、辞めることは自分の中で決めて、会社に内緒でこっそりと転職活動を進めていきました。

なるべくスポーツ業界から離れたくない意思だけは固めて、そんな中で求人情報誌掲載の会社で、スポーツ関連企業の製造部門で募集があったので、応募しました。3回の面接で入社が決まり、年明けの1月から働いてもらうよ、という事で内定が決まりました。

これが2005年の9月の話です。

意を決して退職を告げる

意を決して退職を告げる

退職をいつ今の会社に言おうか、色々調べました。
多かった意見としては、辞める3ヶ月前までには少なくとも会社に伝えること。
年明けから新しい会社で働くには9月中に言わなきゃまずいな、と思ったので、まずは直の上司である専務に伝えました。

すると、「そこまで決めているなら次の会社に行くべきだよ。」と背中を押してくれました。
「なるべく早めに社長に言った方がいいよ」ということですので、翌日には伝えました。
すると社長は目の色を変え、「それは私に対する宣戦布告かね?」と脅しとも取れる台詞を返してきました。
「そうではありませんが、体制に疑問を持ったので、この結論に至りました」という事で、渋々退職を了承してくれましたが、その後の3ヶ月間は生きた心地がしなかったです。

退職が決まってからの気まずさ

社長との会話は皆無、専務ともどこかぎこちない雰囲気の中でこなす仕事は、とてもやりづらく、集中力に欠けました。
また、得意先の方々への挨拶もしなくてはならず、これもまた気の重い作業でした。
「どうして?」「なんで?」という意見が大半でしたが、「色々ありまして」と濁すのが精一杯。
まぁ、この場面で本当の事を話す人もいないと思いますが、3年もお世話になると、お客様も気にかけてくれるもので。
申し訳ない気持ちもありましたが、自分の将来のために歯を食いしばりました。

遂に退職

遂に退職

それから時は流れ12月。

最後の仕事の日に社長から「くれぐれも体には気をつけてな」と言われたときは涙が出そうになりました。
お世話になった人を裏切ったような感じに苛まれ、強い意志で転職する!と決めたのに、思わず「ごめんなさい」と言いそうになってしまいました。

とても、「円満退社」とは言えませんでしたが、次の会社では楽しく過ごせて、体制もしっかりした会社に入れたので安心して働くことができました。

これも一重に、その会社での経験があったからこそ、だと今でも思っています。

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強い決意でブラック会社を退職~雅紀

強い決意でブラック会社を退職~雅紀

38歳、独身、歯科技工士をしている男です。私の退職経験を書きます。

この仕事を始めて16年になりますが、最初からずっと、その会社に勤めていました。

その会社といっても、いるのは社長とその息子である専務、さらにもう一人の技工士さんと私という体制でした。

恩師の紹介で勤め始めた会社でしたが、社長がワンマンな人で、自分の思い通りに従わなければすぐに怒るという職場で、私がいた間にも何人もの人が退職していきました。

私は、恩師に迷惑をかけてはならないという思いで、その会社で頑張り続けたのですが、まともな人たちが退職していくなかで、私への負担がどんどん増えていきました。

あまりの激務に退職を決意

あまりの激務に退職を決意

早朝から深夜まで働く毎日。

社長や専務がどんどん受注していくので、仕事は増えていく一方です。
休憩時間も、休日もほとんどなく、さらには、朝、昼、晩の食事まで、私が作らされる始末です。

何度も退職しようと思ったのですが、その恩師の顔がちらついていたのと、辞めていった人たちが、他のところに移っていったあと、社長や専務が手を回して、その人の悪評を広めたり、働きにくくするようなことをしていたのを知っていたので、なかなか辞める踏ん切りがつきませんでした。

そんななか、あまりの激務が続いて、体を壊してしまいました。
”このままでは早死にしてしまう”と思い、その会社を退職することに決めました。

退職についての心配事

退職についての心配事

退職を決意した私は、同業のある先輩に相談しました。

先輩は、自分のネットワークで、その時求人があり、待遇もいいところを探してくれました。
そして、粛々とその会社の人と接触、面談して、進めました。
私の仕事の大変な状況を話し、仕事の実績を話すと、窓口の方は「ぜひうちに来てほしい」と言いました。
私は、社長が厄介な人物なので細心の注意を払いたい旨を伝えると、窓口の方は「万事おまかせください」と言ってくださいました。

そうして、翌月私は前の会社を辞めることになりました。
退職したいことを社長に告げると、社長は「それは困る」と断固拒否しました。
しかし、私の意思は固く、辞職届を置いて会社を後にしました。

ブラック企業からの脱出

ブラック企業からの脱出

その後、社長や専務から再三再四、電話がかかってきましたが、私は取り合わず、一度だけ出て、「これ以上、しつこく食い下がるなら、法的措置をとるし、労基署に通報して、違法な勤務実態を話す」と言いました。

それでも社長は恨み言をつぶやいていましたが、恨み言を言いたいのは私のほうでした。
そして半月後、今の会社に移りました。

心配していましたが、前の会社の社長らからの妨害はありませんでした。
その時、思ったのは、こちらが弱気にならず、毅然とした態度で出ることが大事だということです。

今の会社では、皆さんがよくしてくださり、今までの苦労が報われたと思っています。

人事部経験者だからこそ円満に退職できた~紗枝

人事部経験者だからこそ円満に退職できた~紗枝

私が退職をしたのは新卒で入社した会社で働き始め7年目、29歳の秋でした。

私の勤めていた会社は飲食サービス業界で5本の指に入る、一般的に大手と言われる企業でした。

退職を決意したときは店舗で責任者をしていたときです。

当時私が所属していた店舗では赤字続きで本社から目をつけられていたので、半年スパンで責任者が変わり、その度に一から店作りをしていかなければならない状況で、退職のきっかけとなったのもそのことが原因でした。

人事部経験から退職の動きをスムーズに

人事部経験から退職の動きをスムーズに

店舗勤務の前には本社で人事部として働いたことがあったので、退職する社員は多く見てきました。

その経験から、退職時に引きとめられることはわかっていたので、まず先に転職先を探し、無事次の会社を見つけることができました。

退職を上司に伝えたのが11月頃、転職先が見つかったのが1月上旬だったと思います。

その後本社へ連絡し、人事部時代の上司に連絡、退職を届け出ました。

その頃、店舗で勤務していたということもあり有給は全くとれず、休日出勤した分の振り替え休日も多く残っていましたが、職場は慢性的な人出不足で全てを清算することは困難な状況でした。

全部で丸二か月分ぐらいはあったと記憶しています。

しかしその部分はきっちり清算したいという気持ちもあったので、人事部長に直接掛け合い、取れない分の休日については買取をして貰えるよう交渉し、給与として戴くことができました。

POINT

人事部の出身でなければそんな知識も機会も与えられないので、その点に関して自分は得したなと思いました。

有給取得について退職時に会社と揉める、という話は色々なところで良く耳にする話なので、その点は円満に事が進んだと思います。

後任者が決まらず引継ぎも困難

後任者が決まらず引継ぎも困難

ただ、責任者として勤務していた分、抱えていた業務が多く、引き継ぎは大変困難でした。

結局、私の後任者も退職するまで決まらず、有給としていた日にも職場を訪れ、最後まで店舗業務や部下への引き継ぎに費やしました。

退職後もしばらくは部下や後任者から連絡が来ていたので、残された人にはてとも悪いことをしたなと思いましたが、部下を含め周囲の人は皆私の転職を応援してくれたので、後悔はしていませんしその気持ちを無駄にしないよう、新しい会社で頑張ろうと思いました。

円満退社だったからこそ

円満退社だったからこそ

今でもたまに元職場を訪れますが、私が退職してから入社した方も居ますし、後任者に気を遣わせてしまうのも気が引けるのでこっそり訪れ、元部下の顔を見てすぐ帰るようにしています。

退職をしてから数年が経ちますが、たまに元部下から来る飲み会のお誘いを楽しみにしながら、新しい会社で頑張っています。